ステキなSunday Morning♪

  • 2017.02.05 Sunday
  • 12:44

おはようございます。

今日の札幌は青空で、部屋に入ってくる日差しがとても暖かい。

とても気持ちのいい朝で、いいことがありそう。

 

今日は朝食などのご飯のお話をしたいと思います。

私は何があっても、朝食は抜きたくなくて、わりとがっつりいただきます。

野菜そのものの味が大好きで、特にただ焼いて塩で味付けしたプテトが好物。

今日はCarpenersのJambalayaなどを聞きながら、ちょっと優雅な朝を楽しみました。

 

 

私は、生活の中で食事はとても大事なことだと思っています。

食事をしているときに、幸せだあと感じられていると、

きっと、普段の生活や人生もある程度幸せなのかもしれないと思えます。

 

以前は、食事は1日の日課に過ぎませんでした。

中学生の頃から親と離れて、養護学校(今は特別支援学校)に併設された

病院で暮らしていました。

そこでは、毎日朝昼夕に決まった時間に食事が出ます。

幼少のお子さんから高校生までいる病院だったので、各標準カロリーの分量で

お盆の色が分けられていて、それを看護師さんなどが各席に運びます。

 

夕飯は5時半頃だった気がします。

一斉に運ばれるので、食べる頃には冷めている食事。

それでも食べなくてはいけないので、あとはただただ決まった時間までに食べるのみ。

 

高校生の頃は、他の養護学校で、今度は寮生活。

厨房から自分たちで配膳をして、味噌汁やご飯はおかまから自分たちでよそいます。

病院よりは温かい食事。でも、それも決まった時間。

いくら悩んで今は食べる気になれないと言っても、許してはくれない。

 

これが当たり前だった10代を経て、

大人になってからヘルパーさんを使って一人暮らしを始めました。

この写真は、私の指示で学生さんに食事を作ってもらっている時のものです。

 

この写真は最近の写真で、10年前に一人暮らしを始めた時も

同じようにやっていましたが、今と10年前とは違うところもあります。

 

以前は、何が何でも自分の味付けで料理をしようと、

毎日指示を細かく出して作ってもらっていました。

自分で包丁や鍋を使うと体力や時間を人よりも浪費してしまうため、

指示して作った方が楽だし、自分の料理ができると思っていました。

 

むしろ、10代の生活から抜け出すために必死だったのかもしれません。

もちろん、お手製のミネストローネや肉じゃがなどが作れたのは大きな喜び。

 

ただ、さまざまなヘルパーさんがいる中で、

私の説明でヘルパーさんの手を動かすのは結構大変でした。

 

作っている最中、

おしゃべりばかりしている人、逆に静かで何を考えているのかわからない人、

鶏肉を茹でた汁を捨てようとしたら「え?捨てるんですか」と怪訝そうに言う人、

私が説明する前に、調味料を入れてしまう人などなど、本当に色々な人がいました。

 

その度に、何とかその人に合わせて(気持ちをなだめながら)指示をします。

自分の料理を作るための努力と思いつつも、それを毎日行うのは大変でした。

料理をするたびにイライラしたり、説明しすぎて体が硬くなってしまいました。

 

「他人を介して、自分の生活を作るのは、本当に大変なことなんだ」

と思いました。

 

また一人暮らしの特権、ダラダラとジャンクフードを食べるということも

ヘルパーさんに監視されているみたいで嫌でした。

実際に、「カップラーメンなんて体に悪いよ」「もう食べないんですか」と

言われたこともあります。

 

最初はヘルパー生活に慣れるのに必死だったため、友人付き合いもなかなかできなくて、

「私はこの生活でいいんだ」と言い張ることもできませんでした。

実際は、周りの友人が三食栄養満点に食べているかといったら、それは違っていました。

お酒とおつまみだけで夕食をすませる人もいるし、1日2食の人もいる。

友人に料理を振る舞うのが好きな人もいる…

食事の楽しみ方は色々あるんだと、ここ1年でわかったほどです。

 

3年前までずっとヘルパー事業所から派遣されるヘルパーさんが来ていましたが、

今は、自分で面接をしたヘルパーさんに来てもらっています。

この3年かけて集まってくださった、今のヘルパーチームは最高のチームです。

 

iPhoneImage.png

 

私の引っ越し&就職&誕生日祝いの写真。ヘルパーチームとのパーティは最高でした。

 

さて、今の私は、それぞれのヘルパーさんを信用して任せる時は任せています。

もちろん、何が食べたいかは決めますが、私の好みの味をわかってくださったり、

私もヘルパーさんの調理の特徴を理解するようにしています。

 

そのおかげで、何が何でも自分でやらなきゃいけないと、

硬い表情で生活をしていた私が、とても余裕のある柔らかい表情にもなれるようになりました。

 

そして、友人などに料理を振る舞うことも、昨年に実現できました。

 

 

 

小学生の頃に、母親の料理を手伝おうと野菜を切っていたので、

それを復活させました。

 

みんなで食べることも幸せな食事だなと感じました。

 

どの時代も一生懸命生きてきた自分なので、後悔はしていませんが、

周りにどんな人がいるかによって、食事を楽しめるのか、どう楽しめるのかが

変わってくると思います。それはいい意味でも、悪い意味でも。

施設の環境で食事を嫌いになったし、いい友人との出会いで食事が好きなった…。

 

私は食事が好きになる人生を歩みたいし、

大切な友人には食事の楽しみを増やして欲しいなと思います。

 

 

今日はこの辺で。

ありがとうございました。

 

格別な昼寝

  • 2017.01.26 Thursday
  • 21:59

こんばんは。

毎年言っていることですが、

日にちが経つのって本当に早いですね。

1年の12分の一が早くも終わろうとしていますクッキーモンスター汗

 

今日は1日仕事が休みで久しぶりに昼寝をしました。

天気がいい日に窓に入ってくる日差しを浴びながら

寝るのは最高ですねDocomo1

 

毎月このくらいの日に、

自分のヘルパーさんのシフト作成を終えています。

日中は社会福祉士の仕事をして、

帰ってから夜にシフト作成をして、

ヘルパー全員に勤務日程のメールをしています。

 

13名ほどのヘルパーさんがいますが、

皆さんのシフト希望を見ないとどう組めるかわからないので

ドキドキしています。

学生さんや主婦の方、他の仕事を掛け持ちしている方などいろいろ。

この年度末は、旅に出るヘルパーさんや卒業する学生さんがいるので、

果たしてシフトが埋まるかどうか、ハラハラしています汗

でも、定期的にしっかり入ってくださる方や、

たまに働いて不足しているところを補ってくださる方がいるので、

うまくパズルがハマるものです。ありがたい。

 

シフトが完成すると力尽きたように休みます。

でもこれで来月も好きなように生きていこう!けけけ笑

 

仕事をやりきった後の昼寝は格別ですよむっつりピース

 

 

新年の挨拶

  • 2017.01.01 Sunday
  • 14:55

みなさま、2017年になりました。

新年あけましておめでとうございます。

 

年末年始は、一年の中で一番静かに過ごします。

実家に帰って、おせちやお蕎麦を食べて

なぜか12時前には寝てしまい、

翌朝はお雑煮を食べて、神社でおみくじを引いて甘酒を飲む。

 

もう少し盛り上がりたい気持ちもありますが、

毎年同じようなことをして、同じように気持ちが落ち着いているのも

いいな〜と思います。

 

昨年は、いつの間にか今までにない一年でした。

いつも、「今年はこうするぞ」なんて目標を立ててきましたが、

大きな目標は立てず、小さなやりたいことをいくつも書いていたら、

意外と実現していることがあってびっくりです。

 

今年のおみくじは「大吉」でした。

人との出会いに感謝する形やバリエーションを増やしていかないと、

表現しつくせなくなるような一年になりそうです。

 

今年も皆様にとって良い一年でありますように。

 

ドライフラワーの彩り

  • 2016.11.19 Saturday
  • 16:36
今日はドライフラワーを飾ってみました。



100円均一で購入したアンティークな入れ物ですが、
とてもいい色合いでドライになった花々のおかげで
存在感のある懐かしい雰囲気の花束ができました。

この花たちは、10周年記念パーティに頂いたお花です。
ドライにすることで今でもその余韻に浸れるのは幸せなことですね。


今日は、思わず「おもしろいなぁ。」と
呟いてしまったことがありました。

お散歩中に近くに総合病院があり、
一階にフリースペースがあることは知っていたため、
そこによって休むことに。

札幌は雪が積もっていなく
久々に10度の気温で寒くないけれど
ずっと外に出ていると手が寒くなっていきます。
空気が澄んでいて気持ちが良すぎて、
知らぬ間に30分以上も電動車いすを走らせていました。


総合病院に着くと、自動扉が開いた瞬間あたたかい…。
いつもは受診で来たばかりの人や
会計で並んでいる人で賑わっているフロアも
ガランとした静けさ。
蛍光灯も節電のせいか付いていないところもあり、
ぼーっとするにはちょうどいい。


そこでぼーっとしていたら
懐かしさが急に込み上げて来て
「おもしろい。」と言葉がこぼれた。

病院着を来た入院患者の人もまた、
目的はなさそうにぼーっとしたり、
お見舞いに来た人なのだろうか、
明らかに入院患者ではない人も静かに座っていた。

トランクケースやボストンバック、
洗面器などが入ったビニール袋を持った
おばあちゃんと娘らしき人。
退院したのだろうかと想像してしまう。

私も入院していた時、
ベッド上で天井をみてばかりで
つまらない日々を送っていた頃、
大していいものは売っていない売店へ
行くことさえも新鮮だった。
天井は白地に点が散らばっている模様で、
ずっと見ているとその模様がなぜか絵に見えてくる。

総合病院のフロアは、無味乾燥だけれど、
思い思いにぼーっとできる空間の貴重さを
このフロアにいる人たちは
誰もが感じているように思えて仕方がない。



ドライフラワーもまたなぜか懐かしく、
寂しいどころか暖かさを感じます。

とてもいいお休みでした。

自立生活10周年記念

  • 2016.10.29 Saturday
  • 11:51

北海道に冬が来ています。

外に出ると朝晩は、凍るような寒さです。

落ちたきれいな色とりどりの葉っぱを踏みしめながら、

もうじき雪が降るかなぁと思うこの頃です。

 

さて、今年の9月で自立生活10周年を迎えました。

「自立生活」というのは、障害者の世界ではよく使う言葉ですが、

「一人暮らし」をしたことをきっかけに表現することが多いです。

親元から離れて、自分で住みたいところを決め、生活の仕方も自分次第で、

お金や時間の使い方も自分で管理できるようになると、

もしかして自立したのかな〜なんて思います。

 

でも、物事ややることをスパスパっと決めて

すぐ行動して、はい次!はい次!と迷わずに、スムーズに生活できる人は

どれだけいるのでしょうか。

 

ほとんどの人は、自分が持っている知識や情報、経験だけで行動できなくて、

いろいろなところや人から情報をもらったり、友人や家族に頼ったり、

気持ちを発散したりしながら、自分の中の生きるために必要な引き出しや

道具などを集めていくのだと思います。

 

障害があると、例えば車いすであれば、

車いすで入られるアパートやマンションが少なかったり、

大家さんが「障害者だと迷惑だ。何か起こったら困る」という勘違いを

して部屋を貸してくれなかったり、

介助が必要だけれど、ヘルパーさんが見つからなかったり、

車いすで入れる会社がなくて働き先がなかなか見つからなかったり、

などなど、「引き出しや道具を集める前に」いろいろな壁が立ちはだかっています。

 

障害があるからだけで、壁がこんなにあるなんて、

個人的にはよくわからない社会ですが、

とにかく誰かがなんとかしてくれるわけではないので、

どんどん情報を探したり、障害者への勘違いを正すために説明をしたりします。

 

一生に一度の人生ですから、一人暮らしをして世界を広げて、

楽しい生活をウハウハするためには、通らなければならない努力でした。

 

でも、努力したくてしたのではないので、そこを褒められても嬉しくありません。

(私はそうですが、自立生活に対する気持ちは人それぞれです。)

 

今はやっと、ウハウハ生活のスタートを切って、自分の心は踊っていることもしばしば。

あれ?あんなに表に出ていたのに?出ていないね。と言われるかもしれないほど、

自分の心地よい空間で過ごすことが多くなりました。

 

ここに今、たどり着いてよかったと心から思っています。

 

10周年おめでとう。

祝っていただいたみなさんもありがとうございました。

 

 

生きることを恐れることはない

  • 2016.09.05 Monday
  • 19:30

お久しぶりの記事になります。
今からお話しすることについて、
どのように書いていくべきなのか、
しばらく迷いましたが
やっと言葉に出すことができそうな心境になりました。

それは、7月26日に起こった
神奈川県相模原市の
津久井やまゆり園の事件についてです。
一番悲しみや苦しみを背負っているのは、
被害に遭われた方々や
その周りにいた居住者(利用者)の方や職員の方です。

その状況の中で、
第三者がこの事件について語る時に
本当に慎重にならなければいけないと思います。
私もこの問題について
どう言葉にしていいかわからずにいましたが、
ショックが大きかったことは言うまでもありません。

なぜなら、
加害者と同じ思想を持っている人がいるということを
私も肌で感じているからです。
悲しくも現実は、何も打ち合わせをしていないのに
障害のある人のほとんどが
同じことを思っていることでした。

人間には、完璧な人はいなくて、
誰でも何かの助けが必要ですし、
年齢や状況によって状況は変化していきます。

人の体の構造上、空を飛ぶことも、
ハシゴを登り続けることも、
時速何十キロ走ることもできないので、
飛行機を作り、ビルには階段をつけて、
急ぎたい時に自転車をこぎます。
こぐのが大変だからと電動自転車まであります。
そんなのは当たり前でしょと思うのです。

では、これはどうでしょうか。
人の構造上、事故や病気に遭えば、
体の機能に影響が出ます。
年齢を重ねれば、体も疲労していきます。

それは避けられないことにも関わらず、
障害者になった途端、生きづらくなってきます。
障害という表現ではなくても、
心が疲弊し生きがいをなくしたり、
心の病気になる人もいます。
頑張り続けるか、頑張れなくなって
疲弊しきってしまうのか
どちらか一方の選択しかないように思える社会です。

子どもの時から学校で規律を守り、
同じように賢く生きるように教えられます。
自分の思いや意見を対等に言い合う訓練を
受けないまま大人になっていると思います。

それである程度生きられるかもしれませんが、
何らかのハンデを持っていると
自分の特徴を知り、必要なことを伝え
時には社会に訴えなければ
生きていけない状況にぶちあたることになります。

主張することを良いと思わない人には
時にわがままと言われ、
自分たちにはできないことをしていると思う人には、
時にカリスマ性があると言われるのです。
そこまでやる必要があるの?と見ている人には、
過激すぎると言われます。

そして、報道の仕方も限定的で、
障害者施設の職員は大変だとか、
「重度障害者」「障害者は役に立たない」という言葉が
繰り返し使われ、ますますネガティヴな意味を植え付けているのです。

人と違うことを恐れ、自分らしさを出せないこと、
みんなと同じレールから踏み外せば
自分のことを認められないと思ってしまうこと、
わからない存在には近づけず、
何かの思惑で作られる報道や
うわさに振り回されてしまう人が多いこと、
この事件は自分には関係ないと見ないふりをしてしまうこと、
当事者や家族が自身の不安を言葉に出せないこと、
偏見につぶされて福祉職のスタッフが誇りを持って働けないことなど、
恐れなくていいことを恐れさせる現象が起こっています。

生きづらさは、
障害のあるなしを越えてあらゆる人が
感じていると思います。

それらを言葉にし、
どう改善していけるのかを考えていける社会であれば、
生きやすい社会になるでしょう。
でも、日本全体ではそういう社会ではありません。

まずは今の現状に気づき、
この事件が
社会全体の課題につながっていると考えたいです。

障害のある人が一番、
この事件について触れて語ることに
恐怖を抱いていると思います。
無理して言葉に出す必要はないと思います。
周りの信頼ある人に守ってもらってもいいですし、
逆に守られるばかりの対象でもないと思います。
怒りや悔しさも大切にし、
障害のある人も一人の人間として
恐れずに生きていける社会にしていきたい。

私はそう願っています。

アフリカから来たヘルパーさん

  • 2016.05.28 Saturday
  • 11:47

今日は朝から、昨日のお弁当の残りの大きなザンギを食べた。
以前に、どこかの歌手がレコーディングする前に脂ののったお肉を食べると
聞いたことがあったのを思い出しながら、ほおばっていた。

今日は朝から、夕飯の材料を買いに買い物へ。
はるばる友人が来ることになり、自分で作ってみようと意気込んでいる。

今日は朝から、調子がいい。
札幌の運動会の日。珍しくも今日は晴れていた。

*************************************

この前の冬から、ヘルパーとしてアフリカ人の女性が働き始めている。
留学のためのザンビアから来た20代前半のJさん。

札幌市の独自事業である、パーソナルアシスタンス制度を利用しているため
無資格者でもヘルパーとして雇うことができるので、そういった出会いも実現できる。

チャンスが巡った時に、最初は断ろうと思っていた。
なぜなら、英語を話す自信がなかったからだ。
でも、英語が話せるほかのヘルパーさんに背中を押してもらい、トライしてみることに。

それから約半年。他のヘルパーさん(英語が話せる)もついて行う研修が、
当初は半年くらいかかると思いきや、1か月で大丈夫だと思った。
英語によるコミュニケーションは完ぺきではないけれど、
後は二人で関係をつくっていこうと思った。


Jさんは、若くて介助の経験がないのに、
障害者の自立生活の中のヘルパーとしての役割意識が高い方だ。

一つは、私を尊重してくださること。

ヘルパーに来てもらう時間はあらかじめ決めたり、日によって少し変更したりする。
その時にいつも「何時から来られますか?」と相手の都合を聞く癖があった。
普通の質問のように思えるが、相手の都合に合わせる癖が十何年としみついている。
ビジネスで相手の都合を聞く時には、自然な意味なのだが、
今回は、私のヒストリーが含んだ言葉だった。それは、遠慮。

Jさんは、私が質問するとかならず、「あなたの希望は何ですか。」と聞いてくださる。
聞いた上でできるかできないかを、はっきり言ってくださる。


もう一つは、私を信頼してくださっていること。

ヘルパーのメンバーが集まるミーティングの、トイレ介助の方法の話の時に、
ヘルパーの体格は人それぞれのため、悩みが違うことがわかった。
やり方だけであれば教え合えばいいのだが、
「のぼさんの身体が痛くないか心配…」という相手があっての心配事もある。

私が大丈夫ですと言っても、それでも心配で躊躇したまま介助してしまう場合もあるが、
Jさんは「彼女を信頼して介助をすればいいのです。」とみんなの前で話してくれた。

どの言葉も、さらっと言ってくれるので、私はとても感動した。
国籍や言語が違っても、ヘルパーとして働いてくれる人がいることがわかり、
私の世界は広がった。

少しずつ雑談もできるようになったが、8月で帰国してしまう。

とってもさみしい。

*************************************

残りの2ヶ月ちょっとを楽しもう。

同じことの繰り返し

  • 2016.05.27 Friday
  • 23:53
なぜかなんでもネガティブ思考になってしまう日がある。
今日の午前中はそのスイッチが入ってしまった。
ぐちぐちぐちぐち…来てくださったヘルパーさんに話をするだけならいいものの
私が部屋の掃除を頼んでおきながら、
話も聞かなければならないという状況で、少し大変だったかなと反省。

たいてい、世の中の人の考え方や恋愛の話などとりとめのないことなので
結果的に引きずらずにスイッチが切り替わってしまう。
切り替わるタイミングが早いので、
ヘルパーさんは「ついていけないですよ〜」と突っ込みをいれてくれた。

*************************************************

今日は、自立生活センター・NPO法人いちご会の会合だった。
小山内美智子さんという脳性まひの女性は、私が尊敬している方の一人である。
札幌で障害者が生きづらさを感じずに生活ができるように運動をしてきた。

入所施設で暮らすことが当たり前の世の中だった1970年代から、
障害があっても、アパートを借りて、一人暮らしや好きな人と暮らして生活ができると
身体をはって行動を起こしてきた方だ。
これまでの間、社会とのぶつかりや、思いの強い障害者との結束やぶつかり合い、
介助者を必死に集めて自分の生活を作り出す苦労を経験され、
人間の嫌なところをたくさん見てきたのだと思う。
その中で生きるには、自分のプライドを持たないといけなくて、
「小山内さんはね…。」と口を濁して、避けるような方もいた。

私はその時代を生きていなかったので、その頃の小山内さんを知らない。
でも、一番人間らしい小山内さんには、憧れを抱いている。
もちろん、私には私の生き方があるけれど、小山内さんの存在は貴重だ。

そんな貴重な存在の方は他にもいて、ふと思い返すと、「私は幸せだ。」とまた気づく。
気づくけれど、また忘れてしまい、視野が狭くなってしまう。
そして、また気づく、の繰り返しだ。


「障害者であっても、自分の生活だけが良いと思ってはいけない。
ヘルパーさんの仕事が敬遠されたり、周りの理解がまだまだなのは、
障害者も頑張って示していかなければならない状況だからだ。」
と小山内さんは話していた。

障害の程度や生活の状況は人さまざまなので、同じようにはいかないけれど、
一人ひとりができることをやる必要があるのだと思う。

***********************************************

心のもやもやが少しおさまって、夜中なのに急にパソコンで文章が打ちたくなった。
今日は23時までのケアだったのだが、会合があって帰ってくるのが遅くなりそうだったので
何日か前にピンチヒッターのヘルパーさんに連絡を取った。
23時から翌朝の8時までいてくれることになり、就寝時間も自由になる。
1か月に1,2回、他のヘルパーさんが対応できない時にいつも頼んでは、
快く引き受けてくれるピンチヒッターさん。
とてもありがたい。

ヘルパーさんは永遠にいるわけではない。
常に出会いを作って、ヘルパーさんという仕事の存在を発信していく。
今月から来月にかけて、関心を持ってくださった3人の方に個別でお会いすることになった。

ぐちぐち言っていられないな、でも、吐き出すことも大切。

同じことを繰り返しながら、生きていこうではありませんか。
 

車いすと歩くとジェントルな人に出逢える

  • 2016.05.01 Sunday
  • 21:53
私と一緒に街で歩いていると
「親切な人が意外に多いんだね。」
と発見することがたびたびあります。

特に、エレベーターに乗るときや
エレベーターから降りるときに
自動ドアが勝手に閉じないように
抑えてくださる方がいます。

そういうさりげないヘルプをしてくれるのは
これまた意外にも、
金髪のピアスをつけたお兄ちゃんや
強面の人がすっと手を出してくれるのです。

そして、小学生や中学生、高校生などの
10代の人たちもさりげないヘルプをしてくれます。

ある日、地下鉄に乗ろうとしたときに、
スポーツの部活をしていそうな
ジャージ姿の女性が複数いていっぱいでした。

車いす一台くらいは入れるので問題なかったのですが、
一人の女性が友人たちに
「もう少しこっちによった方がいいわっ」
と自然に教えていたのです。
会話も弾んでいた途中でスッと言えるその人は、
私と目が合うと会釈をしていました。
私も気持ち良く会釈をしました。

障害者に優しいとか綺麗で特別な行為として
捉えるのがもったいくらい「カッコイイ」振る舞いでした。

もう一人、例を挙げると
隣に住んでいる小学校3年生の男の子と
帰宅のエレベーターで一緒になったときに
同じようにエレベーターのドアを抑えてくれました。
家族のおつかいでおにぎりをたくさん買って
帰ってきたようです。

エレベーターから降りて
「じゃあね!」と言うと振り向かないで、
手を振って家に戻っていきました。
その男の子の背中が頼もしかったなぁ。


人は見た目じゃない!
と言うことは簡単ではありますが、
そもそも色々なスタイルの人がいて当たり前で、
子どもだから未熟なんだ!というのも
おかしい話なのです。

車いすでいると
「見えない」こともたくさんありますが、
「見える」こともたくさんあります。

ジェントルな気持ちが見えるのは
とってもお得だと思いました。

市電の利用、ふたたび!

  • 2016.04.25 Monday
  • 22:54

雪がすっかり解けて、自分で車いすで動ける範囲が格段に広くなりました!
写真の大きさが少し大きかったですが…市電通勤が再び始まりました。
冬の間は、会社で車両を出してくださり助かっていました。
ですが、帰ってきてから外出しようと思っても、
雪が多くて出かけられない日々が続いてストレスを抱えていました。

これからは、雪もすっかりなくなって、また市電のお世話になります☆
新型車両がありますが、停留所はまだまだ未整備。
高さが合わないために持ち上げることが必要です。
事前に時刻を決めて、スタッフさんと待ち合わせし、二人でよっこらしょと上げるのです。

もちろん、自由に利用できることがベストなのですが、
スタッフさんに手伝ってもらうからこそ、
会話の中で市電を運用する裏側の話を聞くことができ、
交通機関も人とのつながりで動いているんだと身近に感じて面白い。

運転席が夏は40度近くなってしまうとか、
同じ路線を毎日回ることの大変さを知ります。

こうして外の空気を吸って、人の手を借りるのはすっごい面白いな〜と
しみじみと思いました。

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