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    生きることを恐れることはない

    • 2016.09.05 Monday
    • 19:30

    お久しぶりの記事になります。
    今からお話しすることについて、
    どのように書いていくべきなのか、
    しばらく迷いましたが
    やっと言葉に出すことができそうな心境になりました。

    それは、7月26日に起こった
    神奈川県相模原市の
    津久井やまゆり園の事件についてです。
    一番悲しみや苦しみを背負っているのは、
    被害に遭われた方々や
    その周りにいた居住者(利用者)の方や職員の方です。

    その状況の中で、
    第三者がこの事件について語る時に
    本当に慎重にならなければいけないと思います。
    私もこの問題について
    どう言葉にしていいかわからずにいましたが、
    ショックが大きかったことは言うまでもありません。

    なぜなら、
    加害者と同じ思想を持っている人がいるということを
    私も肌で感じているからです。
    悲しくも現実は、何も打ち合わせをしていないのに
    障害のある人のほとんどが
    同じことを思っていることでした。

    人間には、完璧な人はいなくて、
    誰でも何かの助けが必要ですし、
    年齢や状況によって状況は変化していきます。

    人の体の構造上、空を飛ぶことも、
    ハシゴを登り続けることも、
    時速何十キロ走ることもできないので、
    飛行機を作り、ビルには階段をつけて、
    急ぎたい時に自転車をこぎます。
    こぐのが大変だからと電動自転車まであります。
    そんなのは当たり前でしょと思うのです。

    では、これはどうでしょうか。
    人の構造上、事故や病気に遭えば、
    体の機能に影響が出ます。
    年齢を重ねれば、体も疲労していきます。

    それは避けられないことにも関わらず、
    障害者になった途端、生きづらくなってきます。
    障害という表現ではなくても、
    心が疲弊し生きがいをなくしたり、
    心の病気になる人もいます。
    頑張り続けるか、頑張れなくなって
    疲弊しきってしまうのか
    どちらか一方の選択しかないように思える社会です。

    子どもの時から学校で規律を守り、
    同じように賢く生きるように教えられます。
    自分の思いや意見を対等に言い合う訓練を
    受けないまま大人になっていると思います。

    それである程度生きられるかもしれませんが、
    何らかのハンデを持っていると
    自分の特徴を知り、必要なことを伝え
    時には社会に訴えなければ
    生きていけない状況にぶちあたることになります。

    主張することを良いと思わない人には
    時にわがままと言われ、
    自分たちにはできないことをしていると思う人には、
    時にカリスマ性があると言われるのです。
    そこまでやる必要があるの?と見ている人には、
    過激すぎると言われます。

    そして、報道の仕方も限定的で、
    障害者施設の職員は大変だとか、
    「重度障害者」「障害者は役に立たない」という言葉が
    繰り返し使われ、ますますネガティヴな意味を植え付けているのです。

    人と違うことを恐れ、自分らしさを出せないこと、
    みんなと同じレールから踏み外せば
    自分のことを認められないと思ってしまうこと、
    わからない存在には近づけず、
    何かの思惑で作られる報道や
    うわさに振り回されてしまう人が多いこと、
    この事件は自分には関係ないと見ないふりをしてしまうこと、
    当事者や家族が自身の不安を言葉に出せないこと、
    偏見につぶされて福祉職のスタッフが誇りを持って働けないことなど、
    恐れなくていいことを恐れさせる現象が起こっています。

    生きづらさは、
    障害のあるなしを越えてあらゆる人が
    感じていると思います。

    それらを言葉にし、
    どう改善していけるのかを考えていける社会であれば、
    生きやすい社会になるでしょう。
    でも、日本全体ではそういう社会ではありません。

    まずは今の現状に気づき、
    この事件が
    社会全体の課題につながっていると考えたいです。

    障害のある人が一番、
    この事件について触れて語ることに
    恐怖を抱いていると思います。
    無理して言葉に出す必要はないと思います。
    周りの信頼ある人に守ってもらってもいいですし、
    逆に守られるばかりの対象でもないと思います。
    怒りや悔しさも大切にし、
    障害のある人も一人の人間として
    恐れずに生きていける社会にしていきたい。

    私はそう願っています。

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