第0章 1. アメをもらうことへの疑問

  • 2017.02.26 Sunday
  • 13:37

「障害の殻」やぶりな人生(仮称)

〜タイ・イタリア旅物語を“今の私”が振り返る〜

 

第0章 「障害者」と言われることへの疑問

 

1.アメをもらうことへの疑問

 

 ちょうど思春期の頃、車いすで外を歩いていると、周りの視線が「かわいそう」という労わりの目で見ている様な気がして、誰も助けてくれない、誰もわかってくれないという孤独感で埋もれていた。

 その10年後の大学生の頃、地下鉄や列車の駅で待っていると、知らないおばちゃんがトコトコ近寄ってきては、服のポケットからアメを2,3個取り出して「よく頑張っているね。」と私の掌に渡そうとしてきたことがあった。「おばあちゃん、ありがとうございます。私は手を裏返すことができないの。カバンに入れてもらえますか?」と伝えると、そうなのねとますます優しい声になり、再び「頑張るんだよ。」と励まされて行ってしまった。

 

 その時の私は、アメをもらうことに抵抗がなかったと思う。ただ、「アメをもらえて当然」という意味ではない。きっと、私が「障害者」であり、かわいそうに見えたからくれたのだろう。それをわざわざ断るということは、相手が良かれと思ってやっていることだから、傷つけてしまうに違いないと思っていた。そのため、抵抗することはしなかった。

 

 しかし、30歳を手前にした頃、ふと「果たして私は『障害者』なのだろうか」「自分はどうして車いすに乗っているのだろう」と我を振り返ったことがある。「体が思うように動かなくて大変だ」とか「社会が障害者を受け入れていない」とか悲観的になったことはあるが、それはもうとっくに終わっていて、新しい疑問が湧いてきたのだ。

 

 世の中の人も、私も「障害者」という言葉に惑わされてはいないだろうか。今、30歳を超えたばかりの私は、その疑問を放っておくことはできない気がしていた。これまでの人生の私の心境の変化はめまぐるしかった。「自分は他人とは違うという孤独感に陥った」10代、「『障害者』という見られ方に慣れてきた」20代、「自分を『障害者』と思うことに違和感を感じ始めた」30歳手前、そして、「世の中の『障害者観』を見直さないとならないと感じ始めた」今の私。この旅行記で少しずつ整理していきたい。

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