英語を話せる人がいないということ

  • 2017.04.08 Saturday
  • 13:44

久しぶりのブログです。

少しだけ呟きたいと思います。

 

昨年の1月から外国人の方をPA(パーソナル・アシスタント)として

雇って1年以上が経ちます。

これまで3人の(どの方もアフリカ人)女性と出会ってきました。

 

その方々と会話をしていると、

日本の特徴を違った側面から知ることができます。

 

その中で、大きな問題だなと思ったのは、

「病気をして病院に行っても、英語が話せるドクターやナースがいなくて

なかなか伝えたいことも伝えられない」ということです。

 

日本でも義務教育で3年、高校で3年、大学に行けば4年、

合わせて10年は英語を学んでいるはずなのに話せる人は少ないです。

 

私も、暗記や文法を覚えることで精一杯で

英語の点数は良かったのですが、英語の勉強にいいイメージがありませんでした。

 

今は、生活をするため(アシスタントにやってほしいことを伝えるため)に

英語を使い、たまに世間話をして、ようやく英語が楽しくなってきました。

そして、コミュニケーションをとる上で必要な手段として、

勉強しようと心から思えるようになったのです。

 

あるアフリカ人のアシスタントが病院のことで困っているということで、

インターネットで調べて英語okな病院を検索して、情報を提供しましたが、

掲載されている病院は実際に英語対応しているのか、やっぱり不安です。

 

飲食店でも、外国人が来ても日本語だけの対応をしている場面も

見かけたりすると、自分も何か力になれるかなと考えておかなきゃと

思っているところです。

 

日本は外国人にとっては生きづらいような気がしています。

それでも、アシスタントは「日本も素晴らしい文化や場所があるよ」

と言ってくれますが。

 

言葉が通じないのは、一種の社会が作っている「障害」だと

私は強く思ったのでした。

第0章 1. アメをもらうことへの疑問

  • 2017.02.26 Sunday
  • 13:37

「障害の殻」やぶりな人生(仮称)

〜タイ・イタリア旅物語を“今の私”が振り返る〜

 

第0章 「障害者」と言われることへの疑問

 

1.アメをもらうことへの疑問

 

 ちょうど思春期の頃、車いすで外を歩いていると、周りの視線が「かわいそう」という労わりの目で見ている様な気がして、誰も助けてくれない、誰もわかってくれないという孤独感で埋もれていた。

 その10年後の大学生の頃、地下鉄や列車の駅で待っていると、知らないおばちゃんがトコトコ近寄ってきては、服のポケットからアメを2,3個取り出して「よく頑張っているね。」と私の掌に渡そうとしてきたことがあった。「おばあちゃん、ありがとうございます。私は手を裏返すことができないの。カバンに入れてもらえますか?」と伝えると、そうなのねとますます優しい声になり、再び「頑張るんだよ。」と励まされて行ってしまった。

 

 その時の私は、アメをもらうことに抵抗がなかったと思う。ただ、「アメをもらえて当然」という意味ではない。きっと、私が「障害者」であり、かわいそうに見えたからくれたのだろう。それをわざわざ断るということは、相手が良かれと思ってやっていることだから、傷つけてしまうに違いないと思っていた。そのため、抵抗することはしなかった。

 

 しかし、30歳を手前にした頃、ふと「果たして私は『障害者』なのだろうか」「自分はどうして車いすに乗っているのだろう」と我を振り返ったことがある。「体が思うように動かなくて大変だ」とか「社会が障害者を受け入れていない」とか悲観的になったことはあるが、それはもうとっくに終わっていて、新しい疑問が湧いてきたのだ。

 

 世の中の人も、私も「障害者」という言葉に惑わされてはいないだろうか。今、30歳を超えたばかりの私は、その疑問を放っておくことはできない気がしていた。これまでの人生の私の心境の変化はめまぐるしかった。「自分は他人とは違うという孤独感に陥った」10代、「『障害者』という見られ方に慣れてきた」20代、「自分を『障害者』と思うことに違和感を感じ始めた」30歳手前、そして、「世の中の『障害者観』を見直さないとならないと感じ始めた」今の私。この旅行記で少しずつ整理していきたい。

旅行記 はじめに

  • 2017.02.19 Sunday
  • 17:16

「障害の殻」やぶりな人生(仮称)

〜タイ・イタリア旅物語を“今の私”が振り返る〜

 

はじめに〜車いすはポルシェだ

 

 「みなさん、こんにちは。私は電動車いすに乗っています。後ろの方、見えるでしょうか。黒いシートに紫のメタルフレーム。札幌の地下で人の波をかいくぐってスピードを出すのが大好きです。最近は、車いすを『ポルシェ』のように乗りこなすことで有名です。」

 今から3年前のこと。ある大学の理学療法学科約90名の学生さんの前で、いつもより変わった自己紹介をした。後ろの席に座っている学生が、前の学生の肩の間に顔を出してこちらを見ようとしている。

 「車いすはポルシェ」というフレーズは、アパレル関係の企業様が、さっそうと走る私の姿を見て「ポルシェのように格好よく走るミチコさん」とコメントされていた。一般的に車いすには、けがをした人、病気、おじいちゃん、おばあちゃん…というイメージがあるだろうから、新鮮な表現に聞こえる。

  社会全体では、障害者のことはどのように知られているのだろうか。

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大切な用事を果たせること

  • 2017.02.18 Saturday
  • 22:03
こんばんは。
今日は友人のお見舞いに行って来ました。
学校の先輩で、卒業以来ずっと会っていませんでしたが、
先輩が入院したことがきっかけで
たびたび顔を合わせるようにしています。

お見舞いに行くことはとても大切な用事です。
今までそんなに多くはなかったのですが、
突然必要になることですし、
相手の病気によっては頻度を多くして
病院に行かなくてはならない時もあります。

そういう時に動けるかどうかは、
やっぱりヘルパーさんの存在が不可欠。
行きたい時についてくれて、
お見舞いの時は、病室には入らず
病院のどこかで待機してもらえるヘルパーさんは
とてもありがたい。


祖母のお見舞いは小樽だったので、
小樽までの行き帰りも時間がかかります。
長時間になってもついてくれるヘルパーさんがいて
とても助かりました。

もし、家族しか私の介助ができる人が
いなければ、遠慮してしまっていたと思います。
もちろん、家族の車で行くことができるので
ありがたいのですが、私の身の回りの介助もとなると大変です。

遠慮など気にせずに、
お見舞いに気持ちを持っていくことが
できました。

今日もそうでした。
トイレや入浴、家事などの用事ももちろんですが、
とても大切な用事が果たせることも
人生にはなくてはならないことです。

ひとりで外出してえらいね

  • 2017.02.18 Saturday
  • 16:51
札幌は雪が溶けそうな暖かい日が
ありましたが、また寒くなって冬に逆戻り。

今日は、ひとりでデパートに出かけて
遅めの昼食を取っています。

その直前のこと。
エレベーターに乗り込むと
おしゃれな帽子を身につけた
ふたりのおばあちゃまと一緒になりました。


「あらー!ひとりでお出かけ?
えらいわね〜!」

「あ、そうですか。」と短く返事 。

「がんばってるわね〜」
エレベーターが空いて先に降りるため、
「ではお先に失礼します〜!」
とビュンとスピードをつけて出て行く私。

その後ろから「元気だね〜」


このようなやり取りは、結構あります。

車椅子というと誰かと一緒にいるイメージが強いのです。
付き添いがいるものだというイメージが
当たり前に刷り込まれていて、
ひとりでいると「えらいね。」と言ってしまうのだと思います。

しまいには、一緒にいるヘルパーさんと
年が1桁しか違わないのに、
店員さんなどがヘルパーさんを見て
「お母さん!どうぞ!」と言ってくることも。


そんなに子供っぽいかな…。
車椅子で座っているだけで、
子ども扱いしてくる人も多いです。

いつか色々な人に協力してもらって、
歩ける人に車椅子に乗って
どう見られるか実験してみたいですね。

本の執筆について

  • 2017.02.05 Sunday
  • 13:47

みなさんにお知らせ。

 

2012年にタイとイタリアへ旅をしてから4年が過ぎました。

その旅行記を原稿に書いていましたが、

本の出版は諦めることになりました。

 

実は1年以上書いており、ほとんど書き終えています。

しかし、ただ車椅子で海外に行ったという話では、

そんなに珍しくないので売れないとのこと。

売れる本を出そうと思うと確かにそうかもしれないと思いました。

 

それから仕事などで忙しくなり原稿が眠ったままになりましたが、

今でももったいないなと思っています。

もちろん、今のままの原稿では私自身が飽きてしまっているため、

改良が必要になります。

 

私らしい原稿にするためにアレンジをしてみたいなと思いました。

しばらくは、このブログの場で出していきたいと思います。

雑多な文章にはなってしまいますが、

ブログではある程度自由なので書きやすいと思ったからです。

 

それから、このブログを見てくださっている方に

読んでいただいた方がもったいなくないなと思いました。

 

少しずつですが書き始めたいと思います。

 

ステキなSunday Morning♪

  • 2017.02.05 Sunday
  • 12:44

おはようございます。

今日の札幌は青空で、部屋に入ってくる日差しがとても暖かい。

とても気持ちのいい朝で、いいことがありそう。

 

今日は朝食などのご飯のお話をしたいと思います。

私は何があっても、朝食は抜きたくなくて、わりとがっつりいただきます。

野菜そのものの味が大好きで、特にただ焼いて塩で味付けしたプテトが好物。

今日はCarpenersのJambalayaなどを聞きながら、ちょっと優雅な朝を楽しみました。

 

 

私は、生活の中で食事はとても大事なことだと思っています。

食事をしているときに、幸せだあと感じられていると、

きっと、普段の生活や人生もある程度幸せなのかもしれないと思えます。

 

以前は、食事は1日の日課に過ぎませんでした。

中学生の頃から親と離れて、養護学校(今は特別支援学校)に併設された

病院で暮らしていました。

そこでは、毎日朝昼夕に決まった時間に食事が出ます。

幼少のお子さんから高校生までいる病院だったので、各標準カロリーの分量で

お盆の色が分けられていて、それを看護師さんなどが各席に運びます。

 

夕飯は5時半頃だった気がします。

一斉に運ばれるので、食べる頃には冷めている食事。

それでも食べなくてはいけないので、あとはただただ決まった時間までに食べるのみ。

 

高校生の頃は、他の養護学校で、今度は寮生活。

厨房から自分たちで配膳をして、味噌汁やご飯はおかまから自分たちでよそいます。

病院よりは温かい食事。でも、それも決まった時間。

いくら悩んで今は食べる気になれないと言っても、許してはくれない。

 

これが当たり前だった10代を経て、

大人になってからヘルパーさんを使って一人暮らしを始めました。

この写真は、私の指示で学生さんに食事を作ってもらっている時のものです。

 

この写真は最近の写真で、10年前に一人暮らしを始めた時も

同じようにやっていましたが、今と10年前とは違うところもあります。

 

以前は、何が何でも自分の味付けで料理をしようと、

毎日指示を細かく出して作ってもらっていました。

自分で包丁や鍋を使うと体力や時間を人よりも浪費してしまうため、

指示して作った方が楽だし、自分の料理ができると思っていました。

 

むしろ、10代の生活から抜け出すために必死だったのかもしれません。

もちろん、お手製のミネストローネや肉じゃがなどが作れたのは大きな喜び。

 

ただ、さまざまなヘルパーさんがいる中で、

私の説明でヘルパーさんの手を動かすのは結構大変でした。

 

作っている最中、

おしゃべりばかりしている人、逆に静かで何を考えているのかわからない人、

鶏肉を茹でた汁を捨てようとしたら「え?捨てるんですか」と怪訝そうに言う人、

私が説明する前に、調味料を入れてしまう人などなど、本当に色々な人がいました。

 

その度に、何とかその人に合わせて(気持ちをなだめながら)指示をします。

自分の料理を作るための努力と思いつつも、それを毎日行うのは大変でした。

料理をするたびにイライラしたり、説明しすぎて体が硬くなってしまいました。

 

「他人を介して、自分の生活を作るのは、本当に大変なことなんだ」

と思いました。

 

また一人暮らしの特権、ダラダラとジャンクフードを食べるということも

ヘルパーさんに監視されているみたいで嫌でした。

実際に、「カップラーメンなんて体に悪いよ」「もう食べないんですか」と

言われたこともあります。

 

最初はヘルパー生活に慣れるのに必死だったため、友人付き合いもなかなかできなくて、

「私はこの生活でいいんだ」と言い張ることもできませんでした。

実際は、周りの友人が三食栄養満点に食べているかといったら、それは違っていました。

お酒とおつまみだけで夕食をすませる人もいるし、1日2食の人もいる。

友人に料理を振る舞うのが好きな人もいる…

食事の楽しみ方は色々あるんだと、ここ1年でわかったほどです。

 

3年前までずっとヘルパー事業所から派遣されるヘルパーさんが来ていましたが、

今は、自分で面接をしたヘルパーさんに来てもらっています。

この3年かけて集まってくださった、今のヘルパーチームは最高のチームです。

 

iPhoneImage.png

 

私の引っ越し&就職&誕生日祝いの写真。ヘルパーチームとのパーティは最高でした。

 

さて、今の私は、それぞれのヘルパーさんを信用して任せる時は任せています。

もちろん、何が食べたいかは決めますが、私の好みの味をわかってくださったり、

私もヘルパーさんの調理の特徴を理解するようにしています。

 

そのおかげで、何が何でも自分でやらなきゃいけないと、

硬い表情で生活をしていた私が、とても余裕のある柔らかい表情にもなれるようになりました。

 

そして、友人などに料理を振る舞うことも、昨年に実現できました。

 

 

 

小学生の頃に、母親の料理を手伝おうと野菜を切っていたので、

それを復活させました。

 

みんなで食べることも幸せな食事だなと感じました。

 

どの時代も一生懸命生きてきた自分なので、後悔はしていませんが、

周りにどんな人がいるかによって、食事を楽しめるのか、どう楽しめるのかが

変わってくると思います。それはいい意味でも、悪い意味でも。

施設の環境で食事を嫌いになったし、いい友人との出会いで食事が好きなった…。

 

私は食事が好きになる人生を歩みたいし、

大切な友人には食事の楽しみを増やして欲しいなと思います。

 

 

今日はこの辺で。

ありがとうございました。

 

格別な昼寝

  • 2017.01.26 Thursday
  • 21:59

こんばんは。

毎年言っていることですが、

日にちが経つのって本当に早いですね。

1年の12分の一が早くも終わろうとしていますクッキーモンスター汗

 

今日は1日仕事が休みで久しぶりに昼寝をしました。

天気がいい日に窓に入ってくる日差しを浴びながら

寝るのは最高ですねDocomo1

 

毎月このくらいの日に、

自分のヘルパーさんのシフト作成を終えています。

日中は社会福祉士の仕事をして、

帰ってから夜にシフト作成をして、

ヘルパー全員に勤務日程のメールをしています。

 

13名ほどのヘルパーさんがいますが、

皆さんのシフト希望を見ないとどう組めるかわからないので

ドキドキしています。

学生さんや主婦の方、他の仕事を掛け持ちしている方などいろいろ。

この年度末は、旅に出るヘルパーさんや卒業する学生さんがいるので、

果たしてシフトが埋まるかどうか、ハラハラしています汗

でも、定期的にしっかり入ってくださる方や、

たまに働いて不足しているところを補ってくださる方がいるので、

うまくパズルがハマるものです。ありがたい。

 

シフトが完成すると力尽きたように休みます。

でもこれで来月も好きなように生きていこう!けけけ笑

 

仕事をやりきった後の昼寝は格別ですよむっつりピース

 

 

新年の挨拶

  • 2017.01.01 Sunday
  • 14:55

みなさま、2017年になりました。

新年あけましておめでとうございます。

 

年末年始は、一年の中で一番静かに過ごします。

実家に帰って、おせちやお蕎麦を食べて

なぜか12時前には寝てしまい、

翌朝はお雑煮を食べて、神社でおみくじを引いて甘酒を飲む。

 

もう少し盛り上がりたい気持ちもありますが、

毎年同じようなことをして、同じように気持ちが落ち着いているのも

いいな〜と思います。

 

昨年は、いつの間にか今までにない一年でした。

いつも、「今年はこうするぞ」なんて目標を立ててきましたが、

大きな目標は立てず、小さなやりたいことをいくつも書いていたら、

意外と実現していることがあってびっくりです。

 

今年のおみくじは「大吉」でした。

人との出会いに感謝する形やバリエーションを増やしていかないと、

表現しつくせなくなるような一年になりそうです。

 

今年も皆様にとって良い一年でありますように。

 

ドライフラワーの彩り

  • 2016.11.19 Saturday
  • 16:36
今日はドライフラワーを飾ってみました。



100円均一で購入したアンティークな入れ物ですが、
とてもいい色合いでドライになった花々のおかげで
存在感のある懐かしい雰囲気の花束ができました。

この花たちは、10周年記念パーティに頂いたお花です。
ドライにすることで今でもその余韻に浸れるのは幸せなことですね。


今日は、思わず「おもしろいなぁ。」と
呟いてしまったことがありました。

お散歩中に近くに総合病院があり、
一階にフリースペースがあることは知っていたため、
そこによって休むことに。

札幌は雪が積もっていなく
久々に10度の気温で寒くないけれど
ずっと外に出ていると手が寒くなっていきます。
空気が澄んでいて気持ちが良すぎて、
知らぬ間に30分以上も電動車いすを走らせていました。


総合病院に着くと、自動扉が開いた瞬間あたたかい…。
いつもは受診で来たばかりの人や
会計で並んでいる人で賑わっているフロアも
ガランとした静けさ。
蛍光灯も節電のせいか付いていないところもあり、
ぼーっとするにはちょうどいい。


そこでぼーっとしていたら
懐かしさが急に込み上げて来て
「おもしろい。」と言葉がこぼれた。

病院着を来た入院患者の人もまた、
目的はなさそうにぼーっとしたり、
お見舞いに来た人なのだろうか、
明らかに入院患者ではない人も静かに座っていた。

トランクケースやボストンバック、
洗面器などが入ったビニール袋を持った
おばあちゃんと娘らしき人。
退院したのだろうかと想像してしまう。

私も入院していた時、
ベッド上で天井をみてばかりで
つまらない日々を送っていた頃、
大していいものは売っていない売店へ
行くことさえも新鮮だった。
天井は白地に点が散らばっている模様で、
ずっと見ているとその模様がなぜか絵に見えてくる。

総合病院のフロアは、無味乾燥だけれど、
思い思いにぼーっとできる空間の貴重さを
このフロアにいる人たちは
誰もが感じているように思えて仕方がない。



ドライフラワーもまたなぜか懐かしく、
寂しいどころか暖かさを感じます。

とてもいいお休みでした。

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